人生は傷だらけ…

一介の市民に過ぎない筆者が映画やゲーム、音楽、小説などについて愛を叫ぶ(笑)ブログです。みていただけたらこれ幸い…

「考えること」「書くこと」【幽霊たち】

 ポール・オースター著(訳 柴田元幸)の「幽霊たち」を読了したため、その感想を述べていきたいと思います。

 

「幽霊たち」(GHOSTSポール・オースター著 柴田元幸

幽霊たち (新潮文庫)

幽霊たち (新潮文庫)

 

私立探偵ブルーは奇妙な依頼を受けた。変装した男ホワイトから、ブラックを見張るように、と。真向いの部屋から、ブルーは見張り続ける。だが、ブラックの日常に何の変化もない。彼は、ただ毎日何かを書き、読んでいるだけなのだ。ブルーは空想の世界に彷徨う。ブラックの正体やホワイトの目的を推理して。次第に、不安と焦燥と疑惑に駆られるブルー…。’80年代アメリカ文学の代表的作品!(裏表紙あらすじから)

 

 ポール・オースター作品について

 僕はオースター作品については今回の「幽霊たち」含め、4作品ほどしか読んでおりません。そのうえでの所感になりますが、オースター作品は「孤独」を取り扱った作品が多いです。「ガラスの街」「孤独の発明」はまさにドストライクにこのテーマを軸に物語が展開しており、

 「ガラスの街」ではとある勘違いから始まる空虚な謎を追う一人の男の姿を

 「孤独の発明」は父の孤独とそれを見出す主人公自身の孤独の姿を2部形式で描いています。

 

ガラスの街 (新潮文庫)

ガラスの街 (新潮文庫)

 
孤独の発明 (新潮文庫)

孤独の発明 (新潮文庫)

 

 

 その中でもこの「幽霊たち」という作品はその「物語」という要素を出来る限りそぎ落とし、非常にシンプルな構造でもって描いています。

 

アイマイでシンプルな世界

 まず、冒頭部分を抜粋してみましょう。

まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいて、それからブラックがいて、そもそものはじまりにはブラウンがいる。

 この一節の簡潔さと優美さも魅力的ですが、実はこれでこの作品内の主要人物の紹介は以上となります。(しかもブラウンに関してはサブキャラ)

 この作品はもっぱらブルーとブラウン、ホワイトの三者のみによって構成されており、完全に世間とは断絶した閉鎖的な世界観が特徴となっています。

  また、彼らの生い立ちや素性については語られることは多くありません。

 主人公であるブルー自身についてすら、色の名前を冠しているだけあって、記号的な存在です。

 物語の軸としては、「ブルー」という探偵が「ホワイト」なる人物に「ブラック」という人物を見張るように依頼されます。

 ブルーはホワイトの依頼に違和感を覚えつつも、ブラックが住むアパートの真向かいに部屋を借り、彼を見張りますが取り立てた行動を起こす様子はなく、ブルーは次第に疑心にとらわれていきます。

 果たしてブラックの正体とは…

 

 一見するとミステリー小説のような筋書きにも思えますが、この物語の大半はブルーの内的かつとりとめのない独白によって占められています。

 そして、その独白にこそ、この作品の味わい深さがたっぷりと込められているのです。

 

「記述」&「思考」

 ブルーはブラックの姿を見つめ、彼の素性についてあれやこれやと考えるうちに、ブラックの姿を鏡として今までついぞ考えてこなかった「自己」についても思いを巡らせていくんですね。

 この他者の目を通す「孤独」はブルー自身にも影響を与えてきます。

この一週間のことを忠実に記述するとすれば、俺がブラックをめぐって夢想したさまざまな物語も書き入れる必要があるのではないか。(中略)だがブルーははっとわれに返る。

 ブルーがホワイトへの報告書を記述するという場面です。

 普段通りであれば、彼は当事者自身の行動のみを記述し、私念を入れ込むことなどはもってのほかであった。

出来上がったものを読み直してみると、すべてが正確に思えることを彼は認めざるをえない。なのにどうして、こんなに不満な気持ちが残るんだろう?

 「孤独」の中に身を置き「思考」を行っていくにつれ、彼自身の中で「物語」が生まれたブルーにとって、今までの「事実」のみの描写は非常に味気ないものとして感じられたわけです。

 なにかを「書く」という行為、それに付随する「思考」そしてその「孤独」

 このテーマは他のオースター作品にもみられるテーマであり、それこそ「孤独の発明」には抽象的な存在であった父親について、主人公が「書く」という軸があります。

 この作品はそんなオースター作品のなかでも、そのテーマをストレートに描いているといえるでしょう。

 そしてこれらのテーマは考えるまでもなく、これは人類が生業としてきた非常に身近なものです。私たちは「書く」ことで様々な文化を蓄積し、後世へと継承してきました。

 このような身近なテーマを取り上げるところに(勝手ながら)親近感を抱いてしまいます。

 

 終わりに

 やがてホワイトの目論見が判明した時。読者は驚きではなく、一種の「悲哀」を味わう事でしょう。そしてその「悲哀」を包みこむ「孤独」のイメージが我々の前に立ち上ってくるのではないでしょうか

 締めくくり方も少しメタ的であり、謎めいた世界観を味わえる作品なので、ぜひご一読をしてみるとよろしいかと思われます。(訳者である柴田元幸さん、伊井直行さんの解説も素晴らしいです。)

オススメです!